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エストニア共和国より愛をこめて

北欧の小国に留学中の大学生が当地への留学や観光、社会生活についての情報などをお届けします

「ネイティヴに伝わる英語・伝わらない英語」なんて気にしない

英語

まだ日本で働いていたころ、昼休みに立ち寄ったコンビニの雑誌コーナーで、英会話教師として有名なあるアメリカ人が書いた本をたまたま見つけて、ちょいと手に取ってみたことがあります(この方、非常に多くの著作があって、なかでも英文ライティングについての本はそこそこ評判で、実際にわたしも一時期使っていたことがあったのでした)。

それはいわゆる「コミックエッセイ」形式の本――ちょっとした漫画が出てきて、文章による解説が続く、というあれです。その内容というのが「日本人の誰もが中学校や高校で教わるが、ネイティヴ・スピーカーには奇妙に聞こえる英語を紹介します」というもの。

先に白状してしまうとこの本は買わずに少し立ち読みしただけだったので、中身については記憶がおぼろげなのですが、たとえば、

「My mane is ...... という自己紹介は、ネイティヴ・スピーカーには『拙者はXXと申すものでござる』といったような古めかしい話し方に聞こえる。"I'm ......." のほうがはるかに自然である」

「"How are you?" "I'm fine, thank you. And you?" みたいなあいさつはネイティヴ・スピーカーの間では使われていない」

とか、そんな感じのことが書かれている本でした(手元に本があるわけではないのでうろ覚えですよ。とにかくそういった内容の本)。

あとは、人に何かを依頼するときの言い方で "Would you......?" とか "Could you......?" とか "Can you......?" とかありますよね。それらの細かいニュアンスの相違を指摘しては 「"Would you......?" は慇懃無礼とも取れる言い方なので控えるべし」だとか、そういった解説がなされていたと記憶しています(繰り返しますが立ち読みしただけなので内容はちょっとあやふやですよ)。

これ、超上級というわけではない英語学習者にとってはすごく高度なニュアンスの差異の話に過ぎないですよねー。日本語で例えたら「(ディナーの席で)すみません、お塩を取っていただけますが。どうもありがとうございます」と「すみません、塩を取ってください。どうもありがとう」くらいの違いなんじゃないですかね。日本語を覚えたての外国人に「『取ってください』ではなくて『取ってくださいますか』のほうがより丁重です!」とか教えてる感じなんじゃないかと。

で、その後わたしはヨーロッパに渡って大学に入ったわけですが、入学してすぐは連日知らない人との出会いの連続ですよね。そしてお互い自己紹介をすることになるわけですが、

"My name is ......"

のほうが明らかにデフォルトであると気づくわけですよ。少なくともヨーロッパで名前を名乗る場合、8割くらいは "My name is ......" が使われているかと思います。How are you?" "I'm fine, thank you. And you?" ってやつは、まあ多少は定型文っぽい感じはしないではないですが、実際に使ってみても何ら問題はありませんでした。

エストニアで、というか大陸ヨーロッパで、ネイティヴの英語話者に出会うことはあまり無いので、「ネイティヴに伝わる表現かどうか」をそこまで慎重に考慮する機会に遭遇しないんですよ。

わたしは大学の留学生向けのコースに所属しており、履修している授業はすべて英語のみで行われています(外国語の授業も英語ベースで行われます)。授業を通じてわたしが出会った「英語のネイティヴ・スピーカー」は現在のところ3人だけで、イギリス人の大学教授、あとはクラスメイトのアメリカ人の男子学生とナミビア人の女子学生でした。あとはすべて英語を第二(またはそれ以降の)言語として使用している学生や職員たちです。

これ、大陸ヨーロッパの大学に留学してるわけだから当然なんですよね。ヨーロッパで英語を公用語としている国はイギリスとその自治領、アイルランド、そしてマルタだけ。てか、世界の英語話者のうちネイティヴ・スピーカーの占める割合は2割くらいらしいので、あとの8割は第二(またはそれ以降の)言語として使用している人たち、ということになります。エストニアではかなり英語が通じるのでエストニア語が全く話せなくても問題なく生活できてしまいますが、もちろんエストニアの英語話者はほとんどが第二、第三言語としての話し手です。

したがって「北米特有の口語表現」とかをヨーロッパで使ってみても、むしろ相手に通じない可能性が大いにあります。北米の映画やドラマを楽しむためにはそういった表現を覚えるのは有用なんでしょうけれど。

結論としては、「英語を学ぶのなら、『ネイティヴ・スピーカーにしか通じないようなきわめて口語的だったり俗語的だったり特殊な慣用だったりする表現より、教科書に載っているようなシンプルな表現を身に着けることに集中したほうがいいよ」ということになるのでしょうか。