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エストニア共和国より愛をこめて

北欧の小国に留学中の大学生が当地への留学や観光、社会生活についての情報などをお届けします

「え、日本ってまだ紙使ってるの?」エストニアのペーパーレス社会

社会

人口130万の小国が世界をリードする


先日、メルケル・ドイツ首相がタリンを訪問したことについて記事を書きました。

www.from-estonia-with-love.net

報道によるとメルケルさんも晴れてエストニアの電子居住者として登録されたようですね。

何度か書いているとおり、エストニアは世界最先端の電子政府を擁する国として注目を浴びており、この制度の現状を視察するために各国から政治家や官僚、企業の担当者や技術者が来訪します。人口130万人ほどの小国が世界をリードしているっておもしろいでしょ。昨年から日本で実用化が始まったマイナンバー制度も、エストニアの国民ID制度をかなり参考にしているみたいですよ。

さて、今日はそんなエストニアの電脳社会ぶりを日本のみなさんに知っていただける書籍を紹介しますね。「未来型国家エストニアの挑戦  電子政府がひらく世界」(ラウル アリキヴィ、前田 陽二・著/インプレスR&D)という本です。

いやあこの本は面白かったです。わたしはすでに現地で1年間生活しているし、さらには昨年度にタリン大学でずばりエストニアの政府電子化についての授業を取り、授業の一環として「電子政府ショールーム」に社会見学に行って政府担当者からのレクチャーも受けていたのですが、それでも知らなかったことが結構ありました(授業で話を聞いていなかったということではなくて、学ぶことが盛りだくさんだったという意味ね!)。

(※以下この書籍についてご紹介しますが、私が読んだのはkindle版であるためページ数の代わりにロケーション数字"Loc"を使用しています)

「日本ではいまだに紙が使われている!」 と驚くエストニア


この本には電子政府導入のいきさつからさまざまな行政サービスの概要までたっぷりと解説されていてとても全部は紹介できないので、 この記事ではエストニアのペーパーレス社会」についてをピックアップして書いてみます

エストニア人に限らずヨーロッパの人に「日本では現在でもFAXが使用されている」と言うとめちゃめちゃ驚きますよ。いまの大学生のメイン年齢層だとFAXは見たことも使ったこともない前世紀の産業遺産なので。「なんでFAXを使う必要があるの?」と不思議そうなので「日本ではいまも紙が使われているから」と教えると「紙か!! まだ紙使ってんのか!!」とようやく納得してくれます。

日本はいまだに何かの契約をする際に「紙に印鑑を押す」という古代からの風習が存続していてそれはそれですごいのですが(奴国王の金印とかそのへんの頃から?)、本書に「エストニア人と書面での契約をしようとすることは得策ではありません。なぜ契約相手がそのような非効率的で、安全性が低く、環境負荷を与える方法で契約するのか、エストニア人は理解できないからです」(Loc 71)とあるように、エストニアはすでに高度なペーパーレス社会に到達しています。ヨーロッパはもともと印鑑ではなく署名をする文化ですが、エストニアではこれも電子化されていて電子署名の使用がもっとも一般的な本人証明の方法となっています。

政府の業務はどうでしょうか。エストニア政府内では、わずかな例外を除いて紙の文書が出回ることはない」(Loc 1649)とあるように、政府の業務も電子化によって大幅に効率化されています。一例として、エストニア政府の閣議も電子化され(Loc 1649)、閣議室のテーブルにはラップトップPCが設置されているだけです(Loc 1659)。議事録は翌日にWEBで国民に向けて開示されることになっていて(Loc 1649)、紙が介入しない分いろいろと効率的で便利でしょ。

さらには「選挙の際の投票用紙」も将来的には消滅する運命にありそうです。エストニア世界で初めて国制選挙においてインターネット投票(I-Vote)を導入した国であり(Loc 1128)、直近の国制選挙である2015年の選挙では投票者のうち30.5パーセントがI-Voteを使用して投票したとのことです(Loc 1138)。電子署名のおかげで投票者の本人確認がWEB上で可能なわけですね。

もちろん大学もいろいろと電子化されていて、わたしの通うタリン大学の場合は紙のシラバスも存在しないですし、授業の出席前に読んでおかなくてはならない資料も電子データで来ます。授業の履修登録もWEBから、成績表もWEBで、また授業そのものも一部は e-learning と呼ばれるWEB授業だったりします。おそらく紙で発行されるのは卒業証書くらいではないかと思います。

さきに「大学で電子政府政策の授業を履修した」と書きましたが、この授業は「紙媒体の持ち込み禁止」でした(笑) ノートはタブレットなりラップトップPCで取りなさい、宿題は電子データで提出しなさい、紙で持ってこられても見ませんよ、という規則が設けられた授業だったのですが、学生にとっても紙のような面倒くさい媒体を使わなくて済むので便利ですよね。

ほかにも「タクシーを呼ぶときはスマートホンのアプリから」とか「駐車場のパーキングメータも電子化されていてスマホアプリで駐車を登録するだけ、支払いもオンライン」とかいった感じで、「どうしても紙が必要なのは便所くらい」といわれるほど(いわれてないか)生活上のありとあらゆる手続きが電子化されているのですが、紙をまったく使わないというわけではありません。たとえば銀行口座を開設したときや健康保険を契約したときは控えの書面を紙に印刷して渡してもらえました。あとは公共交通機関の電子チケットも、スマートホンや携帯電話を持っていない人は紙にバーコードを印刷して持っていけば利用は可能です(そういう人がわざわざ電子チケットを買うかどうかはさておいて)。また、書店に行けば紙の書籍が売られているので、電子書籍では困る本(というとなんだろう。画集とか楽譜とか?)はそちらで購入できます。あ、あと買い物をしたときに発行されるレシートも紙ですね。ただしエストニアの場合はレシートを受け取らない人が大変多いですが(クレジットカードで支払った場合ですら……)。

便利すぎて国民からの不安の声は少ない


紙についてのお話はこれくらいにして。

このような紙から電子情報へのデータ形態の移行は、とうぜん国民ID制度をベースとする個人情報管理があってこそである、ということはおわかりいただけるかと思います。「電子署名」が個人認証の方法として成立しているのは、それが国民IDと紐づけられているからです。

となると、日本のみなさんがいちばん気になるのは「確かにエストニア電子政府って便利そうだけど、政府による情報管理に対して国民は不安を感じていないのか?」ってことなんじゃないですかね。

わたしが1年間エストニアに住んでエストニア人と付き合った経験から言えば、多くの人が「ちょっと前まで共産主義だった小さな国なのに、いまは最先端の技術と制度を持っていて世界中から注目されている」ってことをかなり誇りに思っているみたいですよ。すでに電子化社会は国民生活の一部として定着してますし、これだけいろいろと便利だと、もうこの制度をだれも手放そうとは思わないでしょうねえ。

情報管理についても、「政府にあらゆる情報を一方的に監視されている!」という感じではなくて「政府や政治家や役人に不正がないかを国民の側からもチェックできる制度」としてとらえているみたいなんですよね。

かつてソビエト連邦だった国々は旧体制からの名残なのかいまだに賄賂のやり取りがあったりするようなんですが、エストニアの場合は電子政府化のおかげで汚職が無いとのことです(Loc 84)。現大統領トーマス・イルヴェスの「あなたはコンピュータを買収することはできません」という言葉が紹介されていますが(同)、銀行口座まで国民IDに紐づけされているので、贈収賄を行うことすら難しいわけです。

この「われわれ国民の側も最先端の技術で政府を監視しているんだ」という意識、さすが25年前に民衆が蜂起して革命を起こし自由と独立を勝ち取った国だなって感じですね。日本のように「行政サービスはお上から与えられるもの」みたいな意識がある国ではなかなか真似できないかもしれませんねー。