エストニア共和国より愛をこめて

北欧の小国に留学中の大学生が当地への留学や観光、社会生活についての情報などをお届けします

リスク回避のための英語習得

「経済的理由で国内の大学に進学が困難」という理由での海外留学が増加するのではないかという予想

以前書いた「日本の大学に進学するよりヨーロッパ(※英国を除く)に留学したほうが安上がりというお話」という記事が結構たくさん読まれたんですが、ツイッターやfbでシェアしてくださった方々の反応を見るとなかなか面白いです。「大陸ヨーロッパの国々では大学も学費が無償(または格安)」ってよく知られた事実だと思っていたのですが、意外にそうでもないんですね。

www.from-estonia-with-love.net

残念ながら日本は今後もますます教育への公費負担を削減する方向に進むかと思います。また日本では「高等教育は一部のエリートだけに与えればよい」という意見に大変人気がありますから、今後は大学を整理して進学率を下げていく政策がとられるのではないでしょうか。ただし多くの先進国はその逆に向かっていて、産業構造の高度化に対応するべく高等教育の拡充をはかっています。たとえばエストニアは大学進学率がすでに8割ほどに達している教育立国ですが、これは人口や経済の規模が小さいため、教育とIT水準の高さで勝負するという国家戦略を取らざるを得ないからです。この「産業構造の変化により労働者にさらなる高度技能が要求されるようになってきている現状への対応」について、日本の高等教育制限論者はどういう方向を目指しているんでしょうかねえ。特に何も考えていなさそうですね。どうせもう先進国の座から降りるんだからそんなことどうでもいいじゃないの、というノリでしょうか。


というわけで、「日本の大学に進学するより~」やほかのエントリでもたびたび同様のことを書いていますが、今後は、
  • 日本の大学に進学できるのは、比較的裕福な家庭の子女に限られる
  • 経済的理由で日本の大学に進学が困難であるという理由での海外留学が増える
という感じになっていくのではないでしょうか。「留学なんてお金持ちの家の子だけが可能なこと」という従来の価値観が逆転するわけですね。貧しいので国内での進学はあきらめて海外留学するしかない、と。

リスク回避策としての語学

ここからやっと本題に入ります。当ブログではエストニア留学についての情報もいろいろとお伝えしていますが、感想としてよくいただくのが(というか、リンク元をたどってわたしが勝手に読みに行っているだけですが)「英語ができればこれだけ可能性が広がるのか」とか「やはり英語を勉強しておくべきなんだな」とかいったものです。

きっとここが壁なんですよね。アメリカやイギリス、オーストラリアへの留学情報は日本語でも大量に入手できるのですが、困ったことにちょうどこれらのアングロ・サクソン諸国こそが非常に高額な学費がかかってしまう国々なのです。いっぽう、学費が安い大陸ヨーロッパについては日本からの留学生自体が少なく、日本語の情報もほとんどありませんので、英語を使って情報を集めるしかありません。となると、ここで「英語が読めないと、わたしたちのような低所得者にこそ必要なお得情報にアクセスできない」という、よくあるあのパターンになってしまうわけですね。

ヨーロッパへの留学を考えはじめた時点で、幸いなことにわたしは google で検索してヨーロッパの大学の学費や現地の生活費を調べることができる程度の英語力はかろうじて持っていたのでした。といっても"europe university tuition fee"とか検索ウィンドウに入れてヒットした記事を google 翻訳を使って読むことができた、くらいだったと思いますが。しかしそのレベルでも英語のウェブサイトを読むことができれば、「この国の大学に行くにはあと○百万円貯金すればいいんだ」「出願に必要なTOEFLのスコアはこれだけなんだ」とかいった実用的な情報が手に入れられます。そしてそれから数年後、実際に入学試験に合格してエストニアの大学に入ることができました。「日本の大学に進学するより~」で 書いたとおり、日本の私立大学に進学した場合とくらべて数百万円を節約できただけでなく、英語で高等教育を受ける機会を与えられ、このまま卒業できたらあとはEUでの求職活動も視野に入ってくるわけで、少なくとも日本にいたころに比べて将来の可能性についてはずいぶんマシになったかなあと思います。

そんな感じで、わたしは第一言語のほかにもう一つ言語を学んだということだけで生存可能性がだいぶ向上したかと思われます。「より高い社会的地位を手に入れるため」とか「高度な教養を求めて」とか「世界中に友達をつくるぜ」といった悠長な理由ではなく、「経済的リスクの回避策として」とか、もっというと「飢えないため」の語学、というスタンスですね、わたしの場合は。

日本の英会話業者の広告なんかも「英語の習得によって世界が広がる(または年収アップ)!!」のようなポジティヴな文句ではなく、「生存を維持するための英語習得」「生き残りを賭けた英会話」みたいなフレーズが躍るようになったりするかもしれませんね、そのうち。日本の未来にはもう希望はなさそうですが、世界には200くらいの国々があって、わたしのような日本では決してフルタイムの大学生にはなれなかったであろう外国人でも留学生として国立大学で受け入れてくれる寛大な国があったりしますので、特に若い方はあきらめないでね。