エストニア共和国より愛をこめて

北欧に位置する人口130万ほどの小国・エストニアに暮らす大学生が、留学・観光・社会・市民生活などの話題を中心にさまざまな情報をお届けします。

冷戦期のプロパガンダ合戦を描いた映画『ディスコと核戦争』

「フェイクニュース」といったらやっぱり旧ソ連ですよね!

前回もこのところのホットワードである「ポスト真実」にからめた記事を書きましたが、よく考えると「意図的に捏造された嘘っぱちニュース」自体は大昔からいくらでもありましたよねえ。太平洋戦争末期の大日本帝国も、戦果の報道については「今回の戦闘におけるわが軍の損害はわずかです!!(本当は戦艦が何隻も撃沈されたけど)」みたいな嘘ニュースを流しまくって国民を騙していたらしいですよ。

国家による嘘ニュースってことなら、いまのロシアが負けていません。ロシア・トゥデイの YouTube チャンネルには毎日国営メディア制作のコンテンツが配信されていますし、スプートニクなんかわざわざ日本語チャンネルまで開設していてご苦労さまって感じです。

ということで。きょうはこういった「ポスト真実」「フェイクニュース」の話題にちなんで、冷戦下のエストニアを舞台にした東西両陣営による熾烈なプロパガンダ合戦を描いたドキュメンタリー映画『Disco & Atmic War(ディスコと核戦争)』を紹介します。2009年のワルシャワ国際映画祭ドキュメンタリー部門賞受賞作とのことです。


Disco and Atomic War - Trailer

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 「鉄のカーテン」を超えてTVの電波が飛んできた

ソビエト連邦時代のエストニアをめぐるプロパガンダ合戦は、1971年、フィンランドの首都のヘルシンキ新しいTV塔が建てられたことから始まります。

エストニアの首都であるタリンから見て、ヘルシンキフィンランド湾を隔てた対岸に位置します。ふたつの都市の間は85キロという近距離であるため、冷戦まっただなかのタリンから、「西側」の放送局の電波がぎりぎり傍受できてしまうという事態が発生したわけです

上の地図で位置関係をご確認ください。「タリンがぎりぎり傍受範囲内」だったということですので、レーニングラード(現・サンクトペテルブルク) では決して得ることができない「西側」情報がタリンでは得られる、という環境が生まれてしまったということですね

さらに(共産党にとって)悪いことに、エストニア語はフィランド語と同じ系統であるバルト・フィン諸語に属しており、両言語はかなり似通っているため、エストニア語話者にとってフィンランド語は容易に習得できる言語でありました。党が一生懸命統制してきた資本主義世界の情報が、電波に乗って流入してしまうというわけです。ブレジネフが耄碌し始めてきたことがバレちゃうかも、と。

西側の放送を傍受できることに気づいたタリン市民たちは、家屋の屋根や屋上にアンテナを建て、ヘルシンキから発せられる電波の受信を試み始めます。フィンランド湾の向こうから届いた電波にのってブラウン管に映し出される西側の映像は、なんとも華やかな西側のTVドラマ、音楽番組、エンターテインメント・ショーの数々だったのです。

「やっぱりな!『勤勉な労働者の国であるわがソビエトとは違って、資本主義国では貧富の差によって人々が堕落し、欲にまみれた生活を送っています』なんてのは嘘っぱちだったか! 西側のほうが発展しているじゃないか!」と気づいてしまったわけですね。

鉄のカーテンを超えて飛んでくる電波によってタリン市民が西側の情報に触れ始めたことは、クレムリンを慌てさせます。「人民が鑑賞する芸術は、勤勉・勤労の素晴らしさを称揚し、生産性の向上を良しとする社会主義リアリズムに基づいたものでなくてはならない!」という考えのもと、党の方針に照らして「模範的」な音楽やダンス番組を制作しては国営TVを通じて放映し、西側による"プロパガンダ"に対抗しようとするのでした。

一方、タリン市民が電波を傍受していることを知ったフィランド側も、ソビエト共産党による「模範的」エンターテインメント番組を嘲る放送を流します。こうして、タリンは東西陣営双方によるのプロパガンダの激戦地となり、情報戦に市民は翻弄されていきます。

この時期については有名なアネクドートがいくつかあって、以下のものが映画の中でも紹介されています。

  • フィンランドの放送局がある晩にフランス映画「エマニエル夫人」を放映するという情報が広まった。このとき、電波を受信できないエストニア南部の人々がタリンに押し寄せたため、タリンの人口が瞬間的に増えた
  • 番組の放送時間になると、深夜であるにもかかわらずタリンの家々にいっせいに明かりが灯りはじめた
  • 「エマニエル夫人」の放送の約十月十日後、なぜかエストニアにおける出生数が急増し、当局担当者が首をひねった

 

「サタディ・ナイト・フィーバー」から「歌の革命」へ

1970年代末になると空前のディスコ・ブームが到来し、ダンフロアには華やかな光、回るミラーボールの下でド派手な衣装に身を包んでフィーバーする若者たちの姿がTVに登場します。東京・原宿の歩行者天国にも奇想天外なファッションの若者たちが集い始めます(この映画には出てこないけど)。連邦軍がいよいよアフガニスタン侵攻へ、というきな臭い時期に、えらくノーテンキで資本主義丸出しの軽薄な音楽が西側で流行し始めたというわけですね。タリンの市民たちは「もうどう考えても鉄のカーテンの向こうのほうが自由で楽しそうだわ、こりゃブレジネフのじいさんもじきに終わるな」と確信します。


Bee Gees - Night Fever (Official Video)


Dschinghis Khan - Moskau (OFFICIAL VIDEO MUSIC) Lyrics

1980年のモスクワ・オリンピックの際には、タリンにはボート競技の会場が設営され、「♪ボートでヘイコラホ~」と港湾施設や海辺の市民ホールが整備されました(この市民ホールは現在では巨大な廃墟として残されています)。連邦の威信をかけた国際イベントでしたが、西側の多くの国が参加をボイコットして大恥をかかされます。このあたりからソビエト連邦の弱体化が止まらなくなります。

ゴルバチョフが書記長となった80年代後半には、エストニアにもいよいよ独立の気運が高まってきます。市民らは大規模なコンサートを何度も開催して団結し、ついにゴルバチョフ政権下の1991年8月、ラトビアリトアニアとともにソビエト連邦からの独立を達成したのでした。これが有名な「Singing revolution (歌の革命)」です。


Isamaa ilu hoieldes // The Singing Revolution in Estonia

映画『ディスコと核戦争』は、このフィランドのTV塔建設から革命の成就までの知られざるプロパガンダ合戦を追ったドキュメンタリーです。当時の貴重な映像や、革命に参加した人たちへのインタビューが多数含まれておりますので、ソビエト時代の隠れた真実を知りたい方にはおすすめの作品です。

 

「ポスト真実」時代のリテラシー

ソビエト連邦時代の「ポスト真実」は、もちろん共産党独裁政権によるプロパガンダでした。しかし最近の日本には、権力に強制されているわけでもないくせに、自主的に「お国の方針に逆らう奴らをいじめるためのフェイクニュース」を流して、政府の横暴に抗議する人々を愚弄した放送局があったらしいですねえ。あれについてはどう考えても放送法に違反する案件だと思いますので、近いうちに厳重な処分が下されることでしょう。

なにもかもが党によって統制され、市民の自由がなかったソビエト連邦とは違い、現在の日本は憲法言論の自由が保障され、政府が報道に介入してはいけないことになっています。……にもかかわらず、大手メディアがことあるごとに見せる、やたらと政権に媚びるような報道姿勢はなんなんでしょうかねえ。「言論の自由」が保障されているわけですから、政府のお追従をする自由もあるっちゃあるわけですが、それって報道機関としてどうなのかなと。

当ブログでもたびたび批判している「自国礼賛番組」も、ソビエトみたいに「われらの国家がいかに素晴らしいかを人民に伝えよ!」と国策でやっているわけじゃなくって、放送局が「こういうのが視聴率取れるんだよね~」などと自主的にやっているんですよねえ。その結果として「わが日本すげー!! 世界中から絶賛されててスゲー!!」なんて真に受けちゃう人が続出しています。

ま、当局からの弾圧にびくびくしながらTVアンテナを建てた冷戦下のタリン市民とは違って、日本ではインターネットがあれば国外からの情報が瞬時に得られますからね。「権力が統制しているわけでもないのに自分から権力に媚びへつらう報道番組」が提供する情報がほんとうに正しいものかどうかは、海外のニュースをネットで参照することで検証できることもあるわけですから、そういったことを怠らずに各自でやりましょうよ。ソビエトと違って、外の情報を手に入れたことで弾圧を受けることなんてないんだから。

 

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