エストニア共和国より愛をこめて

北欧に位置する人口130万ほどの小国・エストニアに暮らす大学生が、留学・観光・社会・市民生活などの話題を中心にさまざまな情報をお届けします。

シンバルで有名な「パイステ」はエストニアのメーカーだって知ってた?

読者のみなさんにドラム経験者はいらっしゃいませんかー?

バンドでドラムをやったことがある人なら、間違いなく「パイステ」という楽器メーカーを知っているはずです。

PAiSTE ライドシンバル 20インチ 2002 Ride 20

そう、シンバルのメーカーですね! 圧倒的シェアを誇るシンバル製造の王・ジルジャン、それに次ぐサビアン、さらにそのあとに続く三番手、ちょい渋めなポジションにいるのがパイステです。

この「パイステ」って、実はエストニア人が創業した会社なんですが、どうやら日本ではほとんど知られていないみたいですねー。

正規輸入代理店であるモリダイラ楽器のサイトでさえ、

「スイスのシンバルメーカーです」

と思いっきり断定口調で紹介しています(!)。

ま、たしかに現在のパイステ本社はスイスにあり、製造もスイスとドイツの工場で行われているみたいなんですよね。しかもややこしいことに、エストニア人が興した会社でかつてはエストニアに製造工場がはあったものの、創業の地は帝政時代のロシアだったりします。

このあたりの経緯についてはパイステ社の公式サイトに詳しいのですが、これがまたエストニアおよび東ヨーロッパの歴史と重ね合わせてたどってみると大変興味深いんですよ。

(以下、この公式サイトの記述を参照してお送りします)

www.paiste.com

パイステの創業者はエストニア人の父を持つ音楽家の Michail Toomas Paiste である、とあります。父親はロシア皇帝の近衛兵を務めていたようですね。

(ファーストネームの『Michail』はエストニア語は『Mihkel』になるはずなので、ロシア風のつづりを与えられた感じでしょうか?? 『Toomas』は間違いなくエストニア語の表記なのですが)

Michail Toomas はサンクトペテルブルクで楽器製造業を興して成功をおさめたようですが、1917年に起こったロシア革命によって閉鎖を余儀なくされます。ロシア革命は世界史の授業に出てきましたね! おニャン子世代が「生稲晃子がロシア革命」で年号を覚えたやつです。

 

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さらに翌1918年、エストニアが独立して新国家の樹立を宣言します。これを機に Michail Toomas は祖国に帰り、息子の Michail M. Paiste とともに首都のタリンでパイステ社の再興をはかります。シンバルの製造を開始したのはこのときのようです

この時代、アメリカで生まれたジャズが世界的な流行を迎えていたのですが、この新しい音楽はシンバルという楽器にも重大な変革をもたらしました。

それまでシンバルといえば軍楽隊やオーケストラで使用され、両手に持って「シャーン!」と打ち合わせて演奏する楽器でした。しかしジャズが現れてからは「ドラムセットに組み込まれ、スティックで叩いて音を出す楽器」として発達していったのです。

 

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パイステ二代目の Michail M. は、「ドラムセットの一(いち)パーツとしてのシンバル」にいちはやく目を付けたようで、ポピュラー音楽に特化した楽器づくりを研究することで大成功をおさめたようです。パイステのシンバルはエストニアから他のヨーロッパ諸国やアメリカにも輸出されて好評を博したとのこと。

せっかく母国・エストニアで再興を成し遂げたパイステ社ですが、こんどは第二次世界大戦が勃発し、Michail M. は1940年にポーランドへの移住を余儀なくされます。まもなく独ソ戦がはじまり、エストニアは親ソ連派と親ナチス・ドイツ派に分裂し、同民族同士での殺し合いを強いられるという悲劇を生みます。

 

1944 独ソ・エストニア戦線(字幕版)

 

シンバルは銅など数種類の金属による合金でできているので、大戦中であったポーランド時代は材料の調達に苦労したとありますね。

第二次対戦終結後、Michail M. は家族とともに難民としてドイツにわたり、この地でパイステ社の再・再興を目指します。さらに1957年にはスイスに移り、以降はずっとスイスにメインの工場を置いているようです。

スイスを拠点を定めたパイステ社の経営は、創業者 Michail Toomas から数えて3代目の Robert と Toomas の手に委ねられます。この時代、ポピュラー音楽の中心はいよいよジャズからロックに移っていきました。

パイステのシンバルは数々の伝説的ロック・ドラマーたちのセットに組み込まれ、会社は世界的な名声を得ることになります。

 

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創業から100年以上の歴史を持つパイステ社ですが、社会主義革命や世界大戦といった激動の時代を乗り越えていまの繁栄を築いた会社だったんですねー。

しかしもうエストニアに戻ってくることはないんでしょうかね? スイスで製造するより人件費が安そうですけど(笑) いや、パイステってジルジャンなんかに比べてお値段が張るみたいなんですが、わざわざスイスで作ってるからじゃないかという説がありましてね。どうなんでしょうか。

あ、パイステの公式 YouTube チャンネルにプロモーション動画がたくさんあるので、ドラムに興味のある人はどうぞ。

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